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共同企業体(JV)を請負人とする土木建築工事請負契約における約款の解釈に関する最高裁判例のご紹介(最高裁判所平成26年12月19日判決)

平成29年1月13日
弁護士 一級建築士 一級建築施工管理技士
 今 堀   茂

【はじめに】
 今回は,JVを請負人とする土木建築工事の請負契約における約款の解釈に関する最高裁判例(平成26年12月19日判決)のご紹介です。
 共同企業体(Joint Venture :JV)とは,主に土木建築業界において用いられる手法で,一つの工事を複数の企業が共同で受注し施工するための組織です。例えば,大きな工事において,ある企業に不得意分野があり受注困難な場合でも,その分野が得意な他の企業とJVを構成することで,一つの工事を総合的に受注でき,かつ,円滑に施工を行うことができます。なお,共同企業体には法人格はなく,民法上の組合であると解されています。
 本判例は,地方公共団体と共同企業体との間の工事請負契約における約款の合理的意思解釈の方法として,契約条項に複数の合理的な解釈があり得る場合には,その契約条項の作成者にその不明確のリスクを負わせるべきという「作成者不利の原則」を明確に用いた興味深いものですので,ここにご紹介致します。
 
【事案の概要】
 地方公共団体であるXが,ゼネコンであるA及びYが結成した共同企業体との間で土木工事の請負契約(以下,「本件契約」という。)を締結していたところ,公正取引委員会は,本件契約を含む工事に関して談合が行われたとして,A及びYを含む多数のゼネコンに対して,排除措置命令等を行った。この排除措置命令等は,Aについては確定したが,Yについては,審判を請求したため,確定しなかった。
 また,本件契約の契約書においては,注文者Xは「甲」,請負人である共同企業体は「乙」と表記され,添付されていた工事請負契約約款には,乙が共同企業体である場合には,その構成員は共同連帯して契約を履行しなければならないとの条項や,乙が本件契約の当事者となる目的でした独占禁止法違反の行為に関し,公正取引委員会が排除措置命令等を行い,これが確定した場合,乙は請負金額の10分の2相当額の賠償金を支払わなければならないとの条項(以下,「本件賠償金条項」という。)が存在した。
 以上の事実を前提に,Xが,A及びYに対し,請負代金約3億0758万円の10分の2相当額である賠償金約6152万円の支払いを求めたところ,Aはその内金923万円を支払ったのに対し,Yは支払わなかった。そのため,Xは,Yに対し,賠償金の残額である金約5229万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めて訴えを提起したものである。
 本件訴訟において,Yは,本件賠償金条項は,請負人が共同企業体である場合には,その構成員の全てについて排除措置命令等が確定したときに賠償金支払義務が発生するものであって,Yに対する排除措置命令等は確定していない以上,賠償金支払義務は発生していないと主張して争ったが,第一審,控訴審共に,Xの請求が認容されたため,Yはこれを不服として上告受理の申立てを行った。
 
【判決要旨】
 破棄自判(請求棄却)。
 「本件賠償金条項における賠償金支払義務は,飽くまでも「乙」に対する排除措置命令等の確定を条件とするものであり,ここにいう「乙」とは,本件約款の文理上は請負人を指すものにすぎない。もっとも,本件賠償金条項は,請負人が共同企業体の場合には,共同企業体だけでなく,その構成員について排除措置命令等が確定したときにも賠償金支払義務を生じさせる趣旨であると解するのが相当であるところ,本件契約において,上記「乙」が「A又はY」を意味するのか,それとも「A及びY」を意味するのかは,文言上,一義的に明らかというわけではない。
 そして,Xは,共同企業体の構成員のうちいずれかの者についてのみ排除措置命令等が確定した場合に,不正行為に関与せずに排除措置命令等を受けていない構成員や,排除措置命令等を受けたが不服申立て手続をとって係争中の構成員にまで賠償金の支払義務を負わせようというのであれば,少なくとも,上記「乙」の後に例えば「(共同企業体にあっては,その構成員のいずれかの者をも含む。)」などと記載するなどの工夫が必要であり,このような記載のないままに,上記「乙」が共同企業体の構成員のいずれかの者をも含むと解し,結果的に,排除措置命令等が確定していない構成員についてまで,請負金額の10分の2相当額もの賠償金の支払義務を確定的に負わせ,かつ,年8.25%の割合による遅延損害金の支払義務も負わせるというのは,上記構成員に不測の不利益を被らせることにもなる。
 したがって,本件賠償金条項において排除措置命令等が確定したことを要する「乙」とは,本件においては,本件共同企業体又は「A及びY」をいうものとする点で合意が成立していると解するのが相当である。このように解しても,後にYに対する排除措置命令等が確定すれば,Xとしては改めてYに対して賠償金の支払を求めることができるから,本件賠償金条項の目的が不当に害されることにもならない。」
 
【解説】
1 賠償金条項
  本件事案では,公共工事の請負契約における賠償金条項の解釈が争われました。入札者の談合によって公共工事の契約が締結された場合,注文者である国や公共団体は,高い請負金額での契約を余儀なくされますので,談合がなかった場合との差額分の損害を被ります。賠償金条項は,かかる不正な談合を抑止する必要性と損害額立証の困難を救済する必要性から,公共工事の請負契約約款に加えられているものです。
  本件賠償金条項は,公正取引委員会からの請負人に対する排除措置命令等が確定した場合に賠償金支払義務が発生するというものですが,本件事案では,請負人が共同企業体の場合に,その構成員の一部にのみ排除措置命令等が確定すれば,共同企業体に賠償金支払義務が発生するのかという点が争われました。
  この点について,最高裁は,「作成者不利の原則」を用い,構成員の一部であるAにのみ排除措置命令等が確定しても,共同企業体である「乙」(当然Yも)は,賠償金支払義務は発生しないと判断したのです。
2 作成者不利の原則
  「作成者不利の原則」とは,契約条項に複数の合理的な解釈があり得る場合に,その契約条項の作成者にその不明確のリスクを負わせるべきというものですが,解釈基準として判例上確立してはいませんでした。
  しかし,最高裁は,本判決において,①定型約款条項の意味が,文言上,一義的に明らかではなく複数の合理的解釈があり得る場合に,②その内の一つの解釈を採用すると,約款作成者ではない相手方に不測の不利益を被らせることになるときは,③定款作成者は,かかる不明確さを生じないよう条項を工夫して作成する必要があり,約款作成者がこの工夫を怠っている場合には,その不明確のリスクを約款作成者に負担させるべきであると,明確に「作成者不利の原則」を用いて判断したのです。
3 最後に
  「作成者不利の原則」を用いた最高裁の上記判断基準は,第一審,控訴審共に,Xの請求が認容されていたことを考えれば,実務への影響は極めて大きいと言えます。例えば,保険契約の定型約款の解釈基準としては,そのまま適用できると考えられるところです。
もっとも,本判例の射程がどこまで及ぶのかは今後の判決の傾向に委ねられるところですが,定型約款ではない場合にはどうなるのか,消費者契約法への導入があり得るのかなど,残された課題は多いように思われます。

以上

注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。