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共同相続された預貯金債権も遺産分割の対象となるとした最高裁判例のご紹介(最高裁判所平成28年12月19日決定)

平成29年3月8日
弁護士 今 堀   茂

【はじめに】
 平成28年12月19日,最高裁において,相続に関する極めて重要な決定がなされました。
 最高裁は,本決定以前は,預貯金債権は,原則として相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,遺産分割の対象とはならないとしていました。
 ところが,最高裁は,本決定において,預貯金債権は遺産分割の対象となると,これまでとは全く逆の判断を行い,判例を変更したのです。
 この判例変更は,相続に関する今後の実務へ大きな影響を与えるものと考えられますので,ここにご紹介致します。
 
【事案の概要】
1 本件は,平成24年3月に死亡した被相続人Aの共同相続人であるXとYとの間の遺産分割申立事件である。
 Aには,不動産(約260万円相当)と預貯金4000万円前後(以下,「本件預貯金」という。外貨預金36万4600ドルを含む。)の遺産があったが,Yは,Aから,特別受益に当たる約5500万円の贈与を受けていた。なお,XとYとの間で本件預貯金を遺産分割の対象に含める合意はされていなかった。
2 原審は,本件預貯金は,相続開始と同時に当然に相続人が相続分に応じて分割取得し,相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象とならないなどとした上で,Xが本件不動産を取得すべきものとしていた。
 
【決定要旨】
 破棄差戻し。
 「遺産分割の仕組みは,被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから,一般的には,遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく,また,遺産分割手続を行う実務上の観点からは,現金のように,評価についての不確定要素が少なく,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。」
 「具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点においては,本件で問題とされている預貯金が現金に近いものとして想起される。」
 「預金者が死亡することにより,普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ,その帰属の態様について検討すると,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして,相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが,預貯金契約が終了していない以上,その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され,その後口座に入金が行われるたびに,各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に,入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは,預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり,その合理的意思にも反するとすらいえよう。」
 「ゆうちょ銀行は,通常貯金,定額貯金等のほかに定期貯金を受け入れているところ,その基本的内容が定期郵便貯金と異なるものであることはうかがわれないから,定期貯金についても,定期郵便貯金と同様の趣旨で,契約上その分割払戻しが制限(郵便貯金法59条,45条1項,2項)されているものと解される。そして,定期貯金の利率が通常貯金のそれよりも高いことは公知の事実であるところ,上記の制限は,預入期間内には払戻しをしないという条件と共に定期貯金の利率が高いことの前提となっており,単なる特約ではなく定期貯金契約の要素というべきである。しかるに,定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,仮に同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記の制限がある以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。」
 「預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」
 
【解説】
1 これまでの判例と実務
 これまでの判例(最高裁平成16年4月20日判決,最高裁平成22年10月8日判決等)では,定額郵便貯金債権以外の預貯金債権は,相続人間で遺産分割の対象とする合意がない限り,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,各共同相続人の分割単独債権となるので,遺産分割の対象とならないとされていました。
 したがって,これまでの判例理論によれば,相続人は,遺産分割協議が成立していない段階でも,銀行等の金融機関に対し,自身の法定相続分に応じた金額について預金の払い戻しを請求できる筈でした。
 ところが,多くの金融機関は,遺言があるなどの場合における二重払いの危険や相続人間の紛争に巻き込まれるのを防止するために,原則として,相続人全員の同意がなければ預金の払い戻しを行わないという「全員払い」の取扱いをしてきました。もっとも,金融機関としても,法定相続分の預金について払い戻しに応じざるを得ない場合もあり,善意無過失の準占有者弁済(民法478条)として免責されるか否かの判断を迫られるという不安定な立場にあったと言えます。また,金融機関を被告として,預金払戻請求訴訟を提起されるケースもあったようです。
 以上のように,これまでの判例理論と実務との間には大きな乖離があったのです。
2 本決定の意義
 そのような状況の中で,最高裁は,預貯金債権は「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となる」という決定をしたのです。
 つまり,預貯金債権は,相続人の合意の有無に拘らず,遺産分割協議の対象となりますので,これまでよりも柔軟で公平な分割方法が可能となると考えられます。
 例えば,被相続人が相続人の一部のみに遺言で不動産を相続させている場合や,相続人の一部に特別受益や寄与分がある場合など,預貯金債権を原資とする代償金を用いて,柔軟かつ公平な分割ができるということです。
3 実務への影響と残った問題
 今回の判例変更により,判例理論と実務との乖離はなくなりました。これからは,全ての金融機関が,遺産分割協議が成立するまでは,相続人からの相続分に応じた預金の払戻請求には応じないという取扱いとなると思われます。
 しかし,問題も多く残っています。
 例えば,遺産が預貯金だけの場合で,相続人間に争いがなければ,これまでは各相続人が金融機関から払戻しを受ければ,それで遺産相続の手続きは済んでいましたが,これからは,遺産分割協議書を作成して金融機関に提示しなければならないのではないでしょうか。弁護士に依頼して,遺産分割協議書を作成してもらう必要があるかもしれません。
 また,例えば,相続税の納付期限である相続を知った時から10か月という期間内に,相続税を納付するための原資がない場合はどうなるのでしょうか。取り敢えず,相続人全員で預金の一部払い戻しを受け,相続税を納付した上で,遺産分割協議を行うといった方法を取る必要があるかもしれません。相続人全員の同意が得られない場合には,法的措置として「仮分割の仮処分」(本決定補足意見参照)を行うことも考えられるところです。
 さらに,金融機関としては,相続分に従った預金の払戻しに応じれば免責されるといった特約を設けることもあり得ます。
 いずれにしても,被相続人としては,残される相続人のために,相続と相続税の問題に対し,生前から方策を講じておく必要があると思います。

以上

注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。