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設計図からの無断の変更が瑕疵ではないとされた判例のご紹介(名古屋高等裁判所平成27年5月13日判決)

平成30年4月13日
弁護士 一級建築士 一級建築施工管理技士
 今 堀   茂

【はじめに】
 今回は,建築請負契約において,施主からの承諾を得ないで設計図から工事内容を変更しても,それがむしろ適切なものであったために瑕疵とは認められないとされた高裁判例(名古屋高等裁判所平成27年5月13日判決)のご紹介です。
 本件では,設計図に記載されていた鉄骨柱の内ダイアフラム(柱の内部に梁のフランジの謂わば延長となる鉄板を入れて,柱と梁の接合部分の剛性を高めるもの)が施工されていないことが瑕疵にあたるか否かが主な争点とされていたところ,内ダイアフラムの未施工が第一審では瑕疵と認定されたのに対し,控訴審では瑕疵ではないと認定され建築工事業者側が逆転勝訴しました。地裁と高裁で何故このような認定の違いが生じたのか,非常に興味深い判例ですので,ここにご紹介致します。
 
【事案の概要】
 Xは建築工事業者であるYに対して鉄骨2階建ての車庫(以下,「本件建物」といいます。)の建築工事を請負代金600万円で注文し,Yはこれを建築しました。
 ところが,Xは,鉄骨の実際の厚みが設計上の厚みよりも若干薄い点や設計図に記載されていた内ダイアフラムが未施工である点等複数の瑕疵の存在を主張して,建替費用等として請負代金を上回る約900万円(控訴審で約970万円に拡張)の損害賠償請求訴訟を提起しました。
 第一審では,鉄骨の厚みが薄い点については瑕疵とは認めませんでしたが,内ダイアフラムの未施工については瑕疵と認定されました。
 そこで,Xは上記第一審判決を不服として控訴したというのが本件事案の概要です。
 
【判決要旨】
 控訴棄却
 「本件建物に使用されている柱材の板厚は8.2ミリメートルないし8.4ミリメートル(本件契約の設計上は9ミリメートル),通しダイアフラムの板厚は9.1ミリメートル(同じく9ミリメートル),梁材のフランジの板厚は7.4ミリメートル(同じく8ミリメートル)であること,建物の建築に使用できる鋼材は,一般に,日本工業規格上の品質等に応じて差異があるものの,長さや幅,板厚について,設計上の寸法と実際に使用される鋼材の寸法との間に多少の誤差があっても許容されていることが認められる。
上記認定の事実によれば,本件建物に使用されている柱材等の板厚が本件契約の設計上のそれと多少異なることから,直ちに瑕疵に当たると認めることはできず,他にこれが瑕疵に当たると認めるに足りる証拠はない。
 …柱材の一部の板厚を6ミリメートルから9ミリメートルに変更したのは,被控訴人(工事業者Y)の判断であり,そのことについて控訴人と協議をしたものではなく,しかも,その理由は本件建物の構造耐力を増すことを目的としていたことに照らすと,一般の場合と同様,構造耐力に支障のない範囲内で資材を使用することが本件契約の内容になっていたということができる。そうすると,日本工業規格上の品質等に応じて一般に許容されている誤差すら許さないほど厳格に,板厚を寸分違わず9ミリメートル等とすることを特に合意し,それが契約の重要な内容になっていたとまで認めることはできず,他にそのように認めるに足りる証拠もない。」
 「内ダイアフラムは,高さの異なる梁材が仕口に溶接される場合で,構造耐力を補強する必要があるときに施工されるものであるが,本件図面において内ダイアフラムを施工すると記載されている上記仕口のように,梁背の差が100ミリメートル未満のときは,内ダイアフラムを施工するとかえって構造耐力上の支障を生じる場合があること,そのような場合,ハンチを設けたり,リブプレート(構造耐力を補強する部材)を溶接したりするなど別の補強方法を採るのが建設業界の一般的理解であること,被控訴人(工事業者Y)は,このような一般的に採られている方法に基づいて,内ダイアフラムの施工に代えてリブプレートを溶接したものであり,これが溶接されている仕口は構造耐力上も支障のないことが認められる。また,本件の場合,内ダイアフラムの施工に代えてリブプレートを使用することは,かえって構造耐力を強めることになるのであって,上記のような一般的に採られている方法に背いてまで内ダイアフラムを施工することを特に合意し,それが本件契約の重要な内容になっていたと認めるに足りない。
 これらの事情に照らせば,被控訴人としては,内ダイアフラムの施工に代えてリブプレートを使用する旨を控訴人(X)に対し事前に説明しておくことが望ましかったといえるものの,内ダイアフラムが施工されていないことをもって,瑕疵に当たるということはできない。」
 
【解説】
1 第一審と控訴審との判断の違い
  第一審と控訴審とでは,鉄骨の厚み不足については瑕疵と認めないという点では同じでしたが,内ダイアフラムの未施工については,第一審で瑕疵と認定されたものが控訴審では瑕疵と認定されず,判断が逆転しました。
  控訴審の判断は正しいと思いますが,このような逆転が生じた原因には,2通り考えられます。1つ目は,第一審の裁判官が建設業界における現場調整の常識や現実的な技術的問題を考慮せず,単純に形式的に設計図と実際の施工を比較してしまったという可能性です。2つ目は,第一審において,被告側が現場調整の常識や現実的な技術的問題を主張できていなかったという可能性です。建築訴訟は非常に専門的な知識を必要とする分野ですので,代理人の争い方や裁判官の知識の有無によって結果が変わってくることがあるのではないかと思っています。もっとも,付調停になれば一級建築士等の専門家が委員となるので,そのような事態は避けられることが多いのではないでしょうか。
2 現場調整について
  建物の建築工事においては,設計図通りに全て施工されることはまずあり得ません。設計図というのは,建物の概要が記載されているに過ぎないものと考えた方が良いでしょう。実際,打合せを経て,間仕切りの位置や設備の仕様等の詳細は変更されるものですし,また,打合せや施主の承認がなくても,施主がこだわっていない部分については,強度や施工上の理由等から変更されることがあります。これを「設計調整」「現場調整」などと言いますが,こういう建築工事における現実を知らなければ,「設計図と違うから瑕疵だ。」という主張がなされてしまうということになります。
3 内ダイアフラムの技術的問題
  本判例では「梁背の差が100ミリメートル未満のときは,内ダイアフラムを施工するとかえって構造耐力上の支障を生じる場合がある」と記載されていますが,これは狭い部分の鉄骨の溶接の難しさに起因することです。つまり,ダイアフラム同士が近すぎると良質な溶接が不可能となり,構造耐力上支障が生じてしまうということを指摘しているのです。この場合,別の補強方法を採用すれば良いだけの話で,実際,本件建物の当該部分はリブプレートで補強されています。この建設業界の常識を第一審の裁判官が知っていれば,これを瑕疵であるなどとは認定しなかった筈ですので,2つの可能性として挙げた前記原因は両方共存在したのではないでしょうか。つまり,第一審では,被告側が現場調整の常識や内ダイアフラムの現実的な技術的問題を主張できておらず,そのために,裁判官は建設業界における建設業界の常識や技術的問題を全く考慮せず,単純に形式的に設計図と実際の施工を比較してしまったというストーリーだったのではないかと推測されます。
4 契約の重要な内容
  本判例は,工事内容は適法であり瑕疵ではないというものですが,適法であっても瑕疵であると認定された判例があります。以前にご紹介したことがある最高裁判所平成15年10月10日判決です。
同判例は「本件請負契約においては,上告人及び被上告人間で,本件建物の耐震性を高め,耐震性の面でより安全性の高い建物にするため,南棟の主柱につき断面の寸法300mm×300mmの鉄骨を使用することが,特に約定され,これが契約の重要な内容になっていたものというべきである。そうすると,この約定に違反して,同250mm×250mmの鉄骨(建築基準法違反ではない。)を使用して施工された南棟の主柱の工事には,瑕疵があるものというべきである。」と判示しました。つまり,「特に約定」(こだわり)され「契約の重要な内容」となっている部分については,適法であっても請負契約上瑕疵になるということです。
  この点については,誤解のないように理解しておかなければいけません。
5 教訓
  以上の通りですが,施工者としては,いくら適法かつ合理的とはいえ,施主の承諾を得ずに勝手に現場調整により工事内容を変更することは避けるべきであり,少なくとも変更に関する説明はしておいた方が良いでしょう。また,紛争に発展してしまっても慌てずに,合理的な現場調整であることを主張していくべきです。
  一方で,施主としては,「設計図と異なるから瑕疵だ。」などと単純な考えで争いに発展させるのではなく,冷静に常識や技術的観点から瑕疵なのかどうかを判断すべきです。その場合は,専門家への相談は必須となるでしょう。
  本判例は,施主と施工者の双方に少なからず問題があったのではないかと思わせる事案です。

以上

注:本稿に記載されている法律的見解は,あくまでも当職の私見です。